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福岡地方裁判所 昭和32年(わ)658号 判決

被告人 山内貞男

主文

被告人を懲役三年に処する。

但し本裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(犯罪事実)

被告人は、昭和三十二年七月七日午後六時三十分頃福岡市西油山二百十四番地の自宅玄関に、かねてから被告人の実父山内正美と仲の悪かつた江藤義雄(当五十二年)が飲酒の上訪れ、右正美に対し「俺も農業委員の選挙に立つからお前も立つて俺と競争しろ」と申向けたところ、同人からこれを断られたことに憤慨し下駄で右正美を殴打しようとしたのを認め、これを制して江藤を玄関より押出したところ、いきなり同人から下駄で頭部を二、三回殴打され、更に同人が右正美をも殴打しようとするので、やむなく同所庭先に江藤を押し倒して組敷き、直ちに退去するよう要求したところ、江藤は「帰るもんか、俺は命のある限りやる」と怒号しながらなおも下駄で殴りかかろうとするのに憤激し、附近にあつた重さ約一貫目の板(証第一号)を両手で持ち、これで殴打すれば或いは死ぬかも知れないということを認識しながら、敢えて倒れている江藤の頭部等を数回殴打したところ、傍に居合せた被告人の長男正幸(当六年)に制止されたため、江藤に対し約五ヶ月の入院加療を要する頭蓋底骨折等の傷害を負わせたのみで殺害するに至らなかつたものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)(略)

(被告人並びに弁護人の主張に対する判断)

被告人並びに弁護人は被告人の本件所為は被害者江藤の急迫不正の侵害に対し、自己及び被告人の実父正美の身体生命を防衛するためやむを得ずしてなしたもので正当防衛行為であると主張するので判断するに、前示のとおり被害者江藤が当初被告人並びに正美に対して下駄で殴りかかり右両名の身体に対して危害を加えようとした事実は認められるけれども、前掲各証拠によれば、当時被害者江藤は相当に酩酊しており、また被告人に前示庭先で組敷かれた後は完全にその抵抗を抑圧されていたことが窺われるのでたとえ江藤が更に被告人らに危害を加えるべき気勢を示していたとしてもそこには、もはや急迫の侵害が存していたものということはできない。従つてかかる状態にあつた江藤の頭部を重さ約一貫もある厚板で数回にわたり殴打した被告人の行為を目して正当防衛行為とは言いえないこと明白であるから、被告人等の右主張はこれを採用しない。

(裁判官 後藤師郎 村上悦雄 権藤義臣)

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